スポーツのあなぐら

主に野球のデータ、ドラフトについて書きなぐるブログ。更新頻度は気まぐれ

ドラフト「一番人気」のおさらい ②逆指名時代編(1994~2004年)

逆指名制度のためしばらく競合は高校生に絞られることになる。
番外編と言えなくもない。

1994年
紀田彰一 2 0 2 横浜
嘉勢敏弘 0 2 2 オリックス

逆指名2年目で早くも高校生の競合が発生した。
1位指名の高校生には城島健司大村三郎金村秀雄と当たり選手がいるのだが、
どういうわけか競合した2人の通算はいまいちな結果に。
まあ城島は反則的な指名だったが。

1995年
福留孝介 3 4 7 近鉄(拒否)

この時期の逆指名は2位のみを逆指名して1位で競合に向かうことができるシステム。
福留の意中とされた巨人や中日、くじを当てたものの拒否された近鉄
いずれもこの手法で福留に向かい、2位指名で当たり選手を手に入れている。
福留回避でかつ高校生を指名した2チームはそれなりの当たりだったが、
福留に行った6チームは外れ外れの荒木雅博以外かなり残念な結果に
(強いて言えば次点は中村豊か)。

1997年
川口知哉 2 2 4 オリックス

高橋由伸川上憲伸らの逆指名争奪戦に敗れたチームが向かった先は
甲子園のスター川口知哉だった。
この年は1位と同時に入札される2位指名でも新沼慎二に3球団が競合した。
なおヤクルトと横浜は1位・2位が同じ指名だが、
外れを含めた2チーム5人の指名選手で活躍できたのは五十嵐亮太だけだった。

1998年
松坂大輔 1 2 3 西武

松坂は意中の球団以外拒否する可能性を示唆したこともあってか3球団止まり。
1位も逆指名したのは4チームしかなかったが、近鉄以外の3チームは
1位・2位ともに大成功となり、回避は正解と言える。
高校生は新垣渚も2球団が競合したが、悲劇的な結末が待っていた。
高校生単独指名組では広島と阪神が成功。

1999年
河内貴哉 2 1 3 広島

1位指名は7チームが高校生でそのうち河内には3球団が競合、
2位でも田中賢介に3球団が競合(セ1、パ2)した。
2位以下は悪くない年なのだが、
1位は高橋尚成朝倉健太の2人に山口和男が割って入る程度で、
高校生も逆指名組もいまいちな結果に。
また、外れ入札では宮本大輔近鉄が1位、中日が2位で競合した(規定により近鉄に交渉権)。

2001年
寺原隼人 3 1 4 ダイエー

自由枠制度になり、1位高校生・2位逆指名という手段が使えなくなったこの年に
甲子園で寺原がブレイク。結局4球団が競合したが、
抽選を制したのは逆指名で3巡まで杉内俊哉を残すことに成功したダイエーだった。
寺原争奪戦である意味一番おいしい思いをしたのは、
巨人が降りたために自由枠で石川雅規を確保できたヤクルトだったかもしれない。

2002年
高井雄平 1 1 2 ヤクルト

松坂世代の大学生が豊作と言われたが、1巡で高校生を指名したのも5チーム。
そんな中で高井は2球団が競合した。
その高井の外れ1巡が坂口智隆なのだが、
この2人が今同じチームでしかも2人とも外野のレギュラーとは。

続く。