スポーツのあなぐら

主に野球のデータ、ドラフトについて書きなぐるブログ。更新頻度は気まぐれ

【再掲】オリックスドラフトとその弱体化の要因

※ニコニコのブロマガの内容を再構成した。

 

90年代ドラフトの奇妙な特徴

逆指名制度の1993~2000年では、1・2位の上位指名は同時に入札するシステムだった。
この時期はそれを利用して逆指名の選手を2位で獲り、
1位指名では高校生を狙うというのが各チームの常套手段として用いられている。
さて、大社偏重のイメージが非常に強いオリックスだが、
逆指名時代はこの手法を用いるケースが圧倒的に多かった。
1位で高校生を入札した回数が8年中6回は
中日(星野時代以外が全て高校生)と並ぶ最多タイである。
そしてその6回中4回が競合と競合率が高く、
3回当たりというくじ運の良さだったのだが、
この競合する選手が8年中3回(全1、2位指名中最多)と妙にかぶっていたチームがある。
それが近鉄バファローズ(嘉勢敏弘福留孝介川口知哉)である。
近鉄オリックスと同じく1位高校生、2位逆指名が多かったチームだが、
同じ関西圏のパリーグどうし、
何か志向や甲子園人気獲得の面などでかぶる所があったのだろう。
しかしその1位の高校生で当たったと言えるのは
オリックスが93年平井正史(2年目に大活躍も以降停滞、6年目からは移籍まで低迷)のみで、
近鉄が96年前川克彦(4、5年目にエース格も極度の制球難で相対的なエース)のみ。
福留、新垣渚内海哲也の入団拒否があったとはいえ、
結果までもが似通った、さびしいものになってしまっていた。

弱体化に際して忘れられていること

オリックスは95、96年の優勝からゆるやかに戦力が低下し、
2002年以降は完全に暗黒期に突入した。
ところでオリックスの場合、戦力低下の分析に際して
広島などと比べると格段に忘れられていそうなのが戦力の流出である。
1993年から2001年までの間にFAだけで7人の選手がチームを去っているのだ。
そのうち石嶺和彦山沖之彦は93、94年でのちの優勝の前になるが、
その後は中嶋聡木田優夫星野伸之加藤伸一田口壮が2001年までに流出。
それに加えて96年に長谷川滋利、2000年にイチローがチームを離れた。
一方FA選手の獲得は2003年の村松有人まで1人もいない。

さて、これを96年当時の主力選手と比較してみよう。

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日本一になった年の主力は野手が29歳以上の選手ばかりで、
20代前半のイチロー以外では翌年の20代が中嶋、田口しかいない。
投手のほうは野手に比べればまだ若いが、毎年活躍する選手はこの後激減していく。
こうした中から、わずか5年以内に中嶋、田口、イチローが全て抜けるのである。
もはや勝てなくならないほうがおかしい、とすら言えるのが
この当時のオリックスだった。

ドラフト傾向の変遷

オリックスのドラフト指名の傾向は時期ごとに極端な特徴を持つことがある。
90年代の上位指名傾向は先ほど書いたとおりだが、
1993~95年は中位以下で高校生偏重、96年以降はしばらく大学生・社会人偏重になる。
この変化がちょうど96年の日本一と長谷川の移籍と重なるのは偶然とも思えない。
しかし、世代交代が急務になった時期での路線変更は谷、塩崎、葛城育郎など
一定の成果をあげたものの、投手は先発が川越英隆1人。
その前の高校生路線での成果が平井と日高剛だけではどうしようもなく、
打線・投手陣共に限界を超えたのが2002年ということになるだろうか。
高校生を獲らないからだという批判は多いが、
この時期にたとえ中位以下で他の高校生を獲っていたとしても
(上位だとリリーフとはいえ成功した選手、抽選に当たった選手がほぼいなくなる)、
野手の成功選手も1年に1人出るかどうか程度だが投手はさらに少なく、
先発が小林宏之(2001~03年途中までリリーフ)と岩隈久志だけ、
リリーフは河野昌人坂元弥太郎、高橋一正や條辺剛と、
1、2年程度戦力になった選手すらもほとんどいないという有様。
2003、04年の極端な投壊現象は高卒がいても全く止めようがなかった。

この後のオリックスは、2006~08年までが高卒主体だが
それ以降、出自に関しては大学生がやや少なめな以外極端な傾向が数年続くことはない。
一方で2008、09年が投手偏重、続く10、11年が野手偏重になったが、
どちらに偏重した年もあまり選手が育っておらず、
結果として数少ない当たり選手や外国人がちょうどピークに達する時期が重なった
5年に1度程度優勝争いに絡む、
そんな展開がここまで2008年と14年の2回発生した格好だ。
どちらも95、96年同様に野手はベテランに近づいた選手たち中心で構成され、
投手は翌年以降低迷する選手が多い。
野手は近年、以前以上に長打力にこだわる指名も増えてきたが、
現在の二軍を見るとことごとく長打力が低いという光景が見られる。
フロントとしては危機感が強すぎたのか、2013年には
園部聡と奥浪鏡を同時指名という無駄の多いドラフト
(両方育っても、せっかく育った2人を一軍で使う場所が足りなくなる)もしている。
一方の投手は評論家・マニアの評価や知名度は高いが即戦力度の低い指名が多く、
そこからくる人員不足のため使える若手・中堅も次々使いつぶしていく、
そんな展開が続いている。
2011年からは大量指名する年が増えたが、これも戦力の増加にはつながっていない。
選手の目利き、育成、起用。全てが今一つうまくいっていないことが
よくわかる状況で、このあたりの改善は依然として重要なものになっている。
もっとも園部・奥浪両獲りを絶賛したような評論の言うとおりにする必要もないが。

批判点が多くなってしまったが、最近の指名で一番評価できるのは
競合を回避するようになったことか。
オリックスは98年新垣の後は昨年の田嶋大樹で連敗を止めるまで
外れ指名すらもくじが当たらなくなってしまい、
2005から12年までは人気選手に向かっては
外れ外れ1位を指名する展開も目立っていた。
外れ1位からは岡田貴弘や安達了一らも輩出しているが、
ならばこの選手たちを最初から狙えば外れで競合するリスクがないという話でもあるし、
実際に外れ指名で山田哲人松永昂大らが競合し、外している。
「ハイリスク・ノーリターン」より「ローリスク・ハイリターン」をとるのは
当然の選択なのだ。