スポーツのあなぐら

主に野球のデータ、ドラフトについて書きなぐるブログ。更新頻度は気まぐれ

【再掲】ロッテ即戦力ドラフトの狙い

※ニコニコのブロマガにあげた内容を加筆修正したもの。

 

5年後の未来か、1ミリ先の18歳か

2000年代後半のロッテは
2007~08年が本指名が極端な投手偏重をしつつ育成選手も大量指名、
09~13年が大卒・社会人偏重かつ少数指名、
15~16年に再び極端な投手指名といった変則的なドラフトを複数年かけて行ってきた。
ただ指名内容が内容だけに、「1ミリ先の現実しか見てない」などと批判され、
時には「球団経営をやる気がない」などと罵倒されることもしばしばだった。
昨年は2年連続Aクラスから一転最下位に沈み、
溜飲を下げた人たちもいるかもしれない。

しかしこの極端な指名にはそれ相応の理由を見出すことができる。
少なくとも目先の若さを求めて高卒選手をただ乱獲するよりは
よほど現実的で戦略的な話だ。
そのうちのいくつかを見ていこう。

なぜ投手偏重になったのか?

投手偏重の時代は前述のように2年ずつ、2回存在している。
人によっては、投手:野手が12:5だった2005~06年も投手偏重と主張するむきもあるだろう。
となると2005~08年が投手偏重ということになる。
そしてこの理由は「バレンタイン監督の延命」で片づけられているようだ。
だが、この時代の投手偏重の理由は以前書いたとおりである。
要は投手の当たり選手が毎年1人程度の時代が2000年頃まで続いた上に、
2001~03年は2007年に台頭した成瀬善久1人しか成功選手が出なかったためだ。
たとえこれらの選手と2004年指名の久保康友までが全て2007年に残っていたとしても、
その合計人数はたった10人しかいない、と考えてみたらどうだろう。
1年間すら持たない人数しかいないのである。
実際、2005年の時点で一軍先発陣は20代後半から30前後とそこまで悪くはなかったが、
リリーフ陣は30代以上で構成されていた。
この後に出てきた投手も2004年以前の指名選手はほぼ成瀬1人
内竜也は台頭が2009年以降、あとは神田義英が1年のみ20試合以上登板)。
大量指名しないと投手の数が足りなさすぎる状況だったと言える。
もっとも、育成枠では野手を07・08の2年間で計6人獲得しており、
完全に野手を軽視していたわけでもない。

一方の2015~16年はというと、これは2009年以降のドラフトがポイントになる。
「即戦力ドラフト」のイメージで気づいてる人は少ないようだが、
2009~14年が野手重視ドラフトだったためだ。
本指名数はこの6年間で投手:野手が15:16。
育成を含めれば19:17と何とか投手数が上回るという程度で、
投手指名数が野手指名数を上回ったのは2011年、育成込でも2010と11年しかない。
しかもその数少ない投手も2位以下がいまいちうまくいかず
(特に2位では巷で外れ1位候補とされた中後悠平、川満寛弥らが失敗した)、
投手の頭数はずっと危機的状況にあった。
野手もかなり層が薄くなっていたので
「もう少し野手を獲ったほうが」という感想は私自身も持っていたが、
数年単位でのドラフトのバランスと考えると
全くもって理解不能とまではいかない指名だったことがわかる。

バレンタイン時代の起用・育成法

さてロッテには、野手の指名にもこれまでよく批判されてきた、妙な特徴がある。
まず外野手がやけに多い。
批判されるようになったのは2009年の荻野貴司清田育宏指名からだが、
それ以前も2006年に3人、2008年は拒否されたが1人指名しており、
しかもこの3年間に本指名で指名された野手はこの4人だけである。
その後も伊志嶺翔大加藤翔平を指名したことでしばらく叩かれ続けていた。
一方で内野手は2005年に2人、他に育成でも指名はしていたが、
2009年以降の4年間は1年おきの指名となった。
2013年以降は3年連続で指名があったが外野に比べて数は多くない。
極端だったのがキャッチャーで、2005~2009年が育成の宮本裕司1人だけだった。
2010年以降は毎年のように指名されるようになるが、
以上のように一風変わった特徴を持っていたのがマリーンズの野手指名である。

この意味を考えるためには、まず2005年の陣容を見る必要がある。

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内野は福浦和也今江敏晃にこの年は二遊間両方で使われた西岡剛も実質的には固定、
この後は小坂誠がチームを去って西岡がショート固定、
セカンドはベテランの堀幸一に加えて青野毅やオーティズなども入るが、
それ以外の3ポジションはほぼこの3人が固定されている。
三遊間の若さがかなり目立つ状況である。
一方で2005年の外野陣はベテランと外国人中心の構成だった。
なにせ最も若いのが外国人のパスクチで、日本人ではサブローの29歳が最年少だったのだ。
そしてこの選手たちが、特に2005年はセンターを含めた各ポジションで併用されている。
その後は大松尚逸竹原直隆に移籍してきた早川大輔が外野へ入っていくことになるが、
よく見ると将来のセンター候補が1人もいない。
ちなみにこの外野陣の状況、実はバレンタイン時代の日替わり打線で作られたものではなく、
90年代後半からずっと目立っていた現象だった。
このバレンタイン時代の起用は、
こうした外野陣の中で選手たちの力を
チーム全体の貢献度として最大限に引き出そうとするもの、と言えよう。
この起用で大きな役割を果たすのはセンターも入れるサブローだが、
そのサブローも2009年には33歳になっていて、
代わりのセンター候補はまだ出てきていなかった(岡田幸文は1年目)。
また余談だが、このバレンタイン時代の
DHを固定せず他レギュラーの調子などを見て使い分ける手法は、
パリーグ全体にも非常に大きな影響を与えたと思われる。

さて、2006年以降の二軍の内野は根元俊一細谷圭早坂圭介の3人を回すようになる。
これはのちに角晃多大嶺翔太高濱卓也(移籍後)の固定に受け継がれていくが、
ここからは今江・西岡の20代前半の三遊間がほぼ固定されているうちに
さらに固定できる選手をピンポイントで育成しようという狙いが見てとれる。
内野手の指名が少なかった理由もこれで説明がつくのである。
この戦略は根元がセカンドで一時期台頭したものの、
井口資仁の獲得や西岡のFAで成果と需要のバランスが著しく悪化してしまった。
この後は以降に固定された3人と早坂、細谷の伸びがいまいちなのも相まって
鈴木大地やクルーズらがいても層が薄い状況が続くことになる。
こうして見ると、ドラフトで内野手の指名人数を抑えてきた理由は
若手を長い目で辛抱強く育成しようとしたから
とも言えるのである。

一方の外野は先ほど書いたように次世代のセンター候補がいなかった。
しばらくはサブローや移籍してきた早川大輔を回してしのいでいたが、
2009年にはこの2人もさすがにセンターでは厳しくなっていく。
そこで考えられたのが、センター候補を複数獲得する物量戦略ということになる。
下にいる選手が成長しても(実際には角中勝也や岡田が出てきた。
ただし角中はほぼレフトに固定となる)各選手の調子次第でライトにも入れる、
かつてサブローや大塚らが担った役割を持つ選手を多く確保するわけだ。
これは固定された3人の選手が故障や不調に見舞われてもなお彼らに全てを託すのではなく、
外野全体で大きな利得を得る戦略と置き換えることができる。

キャッチャーに関してはよくわからない。
ただ2001年から4年連続でキャッチャーが指名されていたため
無理に獲るが必要はないと判断されていたのかもしれない。
実際には余裕を持ちすぎたことで2010年以降苦労することになるが。

ロッテのドラフト戦略と弱点

これらから、ロッテのドラフト・育成戦略は少し見えてきた。
つまり、内野手はピンポイントで長く粘り強い育成を行い、
外野手は一定以上の力を持った選手を調子によって使い分ける。
こうした戦略をとっていたと考えると理解できるのである。
少なくとも翌年のことだけを考えた指名ではないことはおわかりいただけただろうか。

ただし、全体ではやはり指名数自体が少なすぎで、
3位を狙うチーム作りに終始してしまった感は否めない。
ピンポイントでの育成は失敗した時に大きなダメージをもたらすし、
投手指名数の少なさはそのまま使える投手の数に多大な影響を及ぼした。
外国人などもうまくはまれば当然さらに上位は狙えるが、
安定してAクラスに入るのはどうしても難しくなってしまう。
これは1年単位での資金力(契約金・年俸)の問題もあったのだろうか。
また野手は先ほども指摘したセカンド育成のアンバランスさが痛く、
井口・福浦の大功労者以外にも一塁固定の日本人選手を多く残しすぎた気もする。
2013年以降は逆にキャッチャー以外のセンターライン指名が極端に減り、
特にセンターは加藤を最後に5年指名がない。
外国人選手も概ね外れ、角中以外の外野陣の絶不調が続き、
2年目の平沢大河の成長に全てを賭けたようなコンバートも
うまくいかなかった昨年は
こうしたマイナスの部分がさらに極端な形で噴出したようだ。

では突き上げられているように高校生を獲っていればよかったかというと
そんなわけはない
少数指名ということは、言い換えれば当たり選手も指名順位は高めになるわけで、
高校生の実際の当たり選手を獲ろうとしても、
代わりにロッテが指名した当たり選手を獲れない可能性も高くなるからだ。
また上述の外れだった2位指名のように、選ぶ選手自体は独自路線ではなく
ミーハー路線というか、評論家やファンの意に沿ったような指名が多い。
地元枠でもあった上沢直之ぐらいは獲得できたかもしれないが、
彼1人だけでは今年を含めたここ数年の結果にあまり影響を及ぼしそうにはない。
むしろめったにAクラスにすら入れない(なお2年連続Aクラスは31年ぶり)
可能性のほうが高かったのではないだろうか。
プロ入りしなかった選手も指名していれば今頃プロで伸びていたはず、
今活躍している自チームの選手はもっと後の指名でも獲れたはず、
というのは甘すぎる幻想である。